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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)893号 判決

原告

荻島鋼材株式会社

右代表者代表取締役

荻島正男

右訴訟代理人弁護士

松尾翼

辰野守彦

小杉丈夫

蓑原健次

長浜隆

三好啓信

笹野哲郎

水野多栄子

八木清子

被告

鈴木みゆき

右訴訟代理人弁護士

宮下明弘

宮下啓子

主文

被告は、原告に対し、三四五万三七〇〇円及びこれに対する昭和五八年一〇月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、五五五万四〇五〇円及びこれに対する昭和五八年一〇月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年一〇月二一日午後三時二五分ころ

(二) 場所 東京都江東区木場四−二先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(足立五八す二一〇九)

(四) 右運転者 被告

(五) 被害車 原告所有の普通乗用自動車(足立三三た八五二二、メルセデスベンツ二八〇SE)

(六) 事故の態様 被告は、加害車を運転して走行中、駐車していた被害車に追突し、被害車後部を大破させた(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告は、前方を注視し、被害車の存在を看過せず、これを回避して走行すべき注意義務があるのにこれを怠り本件事故を発生させた過失があり、同人には、民法七〇九条の過失責任がある。

3  被害車の破損状況

被害車は、本件事故により後部を大破し、後部バンパー、トランク、フェンダー、ルーフ、後部ライト、サスペンション、排気筒、ナンバープレート、デフレンシャルギア等を著しく損傷し、板金塗装、部品交換による修理では完全な修復が困難な状態になつた。

4  損害

(一) 原被告の合意

(1) 本件事故発生後、原告と被告の代理人であるAIU保険会社査定役樋口義政(以下「樋口」という。)は、被害車の補償について協議し、昭和五八年一一月二〇日ころ、次のとおりの合意をした。

ア 被告は、原告に対し被害車の新車価格(取得手数料、諸費用を含む。)と、事故後の第三者への下取り価格の差額を原告の損害として補償する。

イ 被害車の下取り価格は四二〇万円とする。

(2) 原告は、右合意に基づき、昭和五八年一一月二六日、被害車を中山自動車工業株式会社(以下「中山自動車」という。)に四二〇万円で売却した。

(3) 原告の被害車の購入価格は、総額九二五万二〇五〇円であつたので、被告は、差額である五〇五万二〇五〇円の支払い義務がある。

(二) 被害車破損による損害

(1) 車両全損による損害

被害車は、本件事故発生日の約二〇日前である昭和五八年九月三〇日に新車登録された高級乗用車であり、本件事故当時、走行距離は約二〇〇キロメートルであり、何らの損傷及び故障も存しなかつた。しかし、被害車は、本件事故により前記のように著しく損傷し、新車登録後二〇日の新車同様の状態から一変して完全な修復が困難な状態となつた。このような場合、被害車は、いわゆる全損あるいはこれと同視すべき特段の事由があるといえる。すなわち、被害車は、原告代表者が安全性、耐久性の見地から、特に所望して新車を購入したものであつて、現実に本件事故当時新車同様であつたこと、本件事故発生については、原告及びその代表者は全く関与しておらず、被告の一方的過失により発生したものであること、被害車は、社長用社用車を使途とするものであり、安全性、耐久性に関する要求は通常より強いものがあること、本件事故後、被告の代理人である前記樋口が自ら被害車の売却交渉を行うなど、買換えを前提とした交渉が進められていたこと、被害車と同種の車両の所有者の通常の動向として買換えをすることが予想されること等本件特殊の事情があり、このような場合においては、本件事故は、全損事故あるいはこれと同視すべき特段の事由がある場合に当たり、(一)と同額の損害を被つたものというべきである。

(2) 全損に至らない損害

仮に、全損にいたらないと評価されるとしても、本件事故における修理及び格落損は次のとおりに評価すべきである。

ア 修理費

部分的な損傷の場合には、被害者が自ら修理を依頼し、あるいは修理を依頼したと仮定した場合に要する費用を加害者に賠償させるべきである。本件事故後、原告は、株式会社ヤナセ(以下「ヤナセ」という。)に修理を依頼したが、同社が必要と認める修理について、見積りをした二二三万三七〇〇円をもつて修理費相当額と評価すべきである。

イ 格落損

被害車の格落損は、本件事故前の車両価値と事故後修理後の車両価値の差額というべきである。

ところが、本件事故後、修理後の車両価値は六〇〇万円にすぎないところ、事故前は新車価格八六二万六〇〇〇円(取得諸費用を除く。)と評価すべき価値を有していたので、差額二六二万六〇〇〇円の格落損が存する。

仮に、被害車の事故前の転売価格が中古車価格としても、七五〇万円の価値を有し、事故後の価格とは一五〇万円の差異が生じる。

(三) 弁護士費用 五〇万二〇〇〇円

原告は、被告が任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては、右金額が相当である。なお、原告の請求額の範囲内で適宜増減することを求める。

よつて、原告は、被告に対し、右損害金五五五万四〇五〇円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五八年一〇月二二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は認める。

2  同3(被害車の破損状況)の事実中、被害車は、本件事故により後部を大破し、後部バンパー、トランク、フェンダー、後部ライト、排気筒、ナンバープレートを損傷したことは認め、その余は否認する。

3  同4(損害)の事実中、(一)のうち原告が被害車を中山自動車に売却したことは認め、価格は知らない。原被告の合意は否認し、その余は争う。AIU保険会社の社員が売却処分先の斡旋をするために心当たりを捜したことはあるが、原告の主張する損害算定方法を承認したものではない。(二)は否認あるいは争う。車両が全損であるとはいえない本件においては、買換えの主張自体、原告代表者の個人的趣味にすぎない。なお、格落損の前提となる被害車の事故時の価格については、原告の購入価格は、大幅に値引きされているので、これを前提にいわゆる新車落ちを考慮すべきである。本件が訴訟になつたのは、原告が独自の損害算定方法に固執したためである。被告あるいは被告の自動車保険の保険者であるAIU保険会社は、本訴提起のなされる前に二八〇万円の支払い額を提示したものである。それにもかかわらず、原告が買換えの損害を賠償するように固執して本訴を提起したものであり、原告が法律上認容されるべき適正な賠償額を得るためには、本訴の提起は不必要なものであつたので、原告の支払うべき弁護士費用は、本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。そうすると、被告は、民法七〇九条により、原告の後記損害を賠償する責任がある。

二同3(被害車の破損状況)の事実について判断する。

被害車は、本件事故により後部を大破し、後部バンパー、トランク、フェンダー、後部ライト、排気筒、ナンバープレートを損傷したことは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉によれば、被害車は、本件事故により後部を大破し、後部バンパー、トランク、フェンダー、後部ライト、排気筒、ナンバープレート等を損傷し、本件事故後、原告が被害車を購入したヤナセに持ち込み、破損状況を確認したところ、右の他、デフレンシャルギア、リヤシャフト等に損傷の疑いがあり、それも交換するとなると、その修理復元のためには、修理費として二二三万三七〇〇円を要するとされ、その後、後記のような事情で、ヤナセでは修理がなされず、中山自動車に売却され、そこで修理がなされた(詳細は後述する。)ことが認められる。

三同4(損害)の事実について判断する。

1  原被告の合意

原告が被害車を中山自動車に売却したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

被害車は、本件事故の約二〇日前である昭和五八年九月三〇日に、ヤナセから購入したものである。ヤナセの設定した価格は、新車販売価格九三四万円(うち車両本体価格九三〇万円)、オプション(アルミホイール及びメタリックペイント)四三万五〇〇〇円であつたが、原告は、ヤナセから車両本体価格八一五万一〇〇〇円、付属品価格四万円、オプション(アルミホイール二二万円、メタリックペイント二一万五〇〇〇円)、計八六二万六〇〇〇円(その他諸費用六二万六〇五〇円)で購入し、一〇月一日に納車されたばかりであつた。そのため、原告代表者は、主に、被害車を購入したヤナセのセールスマンである米山勝彦(以下「米山」という。)を介して、被告に代わつて原告と示談交渉したAIU保険会社社員の樋口との間で、被害車の補償について協議した。原告は、買換えを強く主張したが、ヤナセで被害車を引き取ると、四〇〇万円にしかならないため、樋口が被害車の売却の斡旋を試みることにしたが、売却先が見つからなかつたため、結局、原告が、ヤナセの協力工場である中山自動車に四二〇万円で売却した。それに先立ち、原告は、ヤナセから被害車と同車種の車両を車両本体価格、オプション込みで八〇五万五〇〇〇円(その他諸費用五八万五六六〇円)で再び購入した。

以上の事実が認められる。原告は、昭和五八年一一月二〇日ころ、原被告間で、被告は、原告に対し被害車の新車価格(取得手数料、諸費用を含む。)と、事故後の第三者への下取り価格の差額を原告の損害として補償し、被害車の下取り価格は四二〇万円とするとの合意をした旨主張するが、前記事実のみでは、右主張を認めるに足りず、本件全証拠によるも右事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、原告の、原告被告間の合意の主張は失当である。

2  被害車破損による損害

(一)  車両全損による損害

右のとおり、被害車は、本件事故発生日の約二〇日前である昭和五八年九月三〇日に新車登録された高級乗用車であり、本件事故に至るまで何らの損傷及び故障も存しなかつたが、被害車は、本件事故により前記のように損傷し、新車登録後二〇日の新車同様の状態から、修理復元しても、走行上は支障はないものの、表面上の塗装部分において事故の痕跡が残ることとなつた。このような場合、原告は、被害車は、いわゆる全損あるいはこれと同視すべき特段の事由があるといえると主張するのでこの点について判断するに、自動車のように流通機構が発達し、同種同等の中古車を入手することがさほど困難ではなく、しかも使用によつて、価格が低下することが明らかな物の場合に、新車購入代金を基礎として損害を認めることは、被害車に新車価格と事故時の価格(時価)との差額を不当に利得させる結果となるから、損害賠償制度の根底にある公平の観念に照らし、相当でないと考えられる。原告は、被害車は、原告代表者が安全性、耐久性の見地から、特に所望して新車を購入したものであつて、現実に本件事故当時新車同様であつたこと、被害車は、社長用社用車を使途とするものであり、安全性、耐久性に関する要求は通常より強いものがあること、被害車と同種の車両の所有者の通常の動向として買換えをすることが予想されること、その他本件特殊の事情がある旨主張するが、被害車が修理しても安全性に問題が残るような破損をしたと認めるに足りる証拠はない(安全性に問題が残るとしたら、それは、修理不能と解すべきである。)。原告の主張は、専ら原告代表者の、被害車の使用を継続することが気に入らないとする主観的な考えに基づくものにすぎず、仮に、被害車と同種の車両の所有者の通常の動向として買換えをすることが予想されることがあるとしても、それは、その所有者の負担において行うべきことであり、加害者の負担において行うべきものではない。

以上のように、原告の、車両全損を前提とした主張は失当である。

(二)  全損に至らない損害

(1) 修理費 二二三万三七〇〇円

前記のように、被害車は、本件事故により後部を大破し、後部バンパー、トランク、フェンダー、後部ライト、排気筒、ナンバープレート等を損傷し、ヤナセにおいて、右の他、デフレンシャルギア、リヤシャフト等に損傷の疑いがあり、それも交換するとなると、その修理復元のためには、修理費として二二三万三七〇〇円を要するとされたが、その後、被害車は、中山自動車に売却され、そこで修理がなされたものである。右事実に、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

中山自動車に被害車が転売され、同社で修理がなされたのを、被告の保険会社であるAIU保険会社の担当者が同社に赴き修理内容を調査したところ、ヤナセの見積りとは、デフレンシャルギア、リヤシャフト、テールランプの一方の交換等がなされず、そのため、仮に、顧客から修理を依頼されたとしたら、その場合の修理費としては、一六三万三九七〇円にすぎなかつた。中山自動車においては、代表者の中山四郎(以下「中山」という。)が自己の使用のために、被害車を修理したものであり、顧客から修理を依頼されたとき、特に事故車を修理する時には、後にクレームをつけられると、処理に困るため、不具合の可能性がある場合には、徹底的に部品交換等をして、修理後の不具合が起こらないようにするのであり、また、損傷も修理漏れにならないように修理するが、自己のために使用するものであつたから、それとは異なり、不具合が生じたときは、その都度再修理することとし、更に、補修を加えるべき点も、補修を加えなかつた部分があつたものである。そして、デフレンシャルギア、リヤシャフト等を交換しなかつたのは前者であり、テールランプ等を交換しなかつたのは後者の事情によるものであつた。特にデフレンシャルギア等は、一旦分解すると組み付けが難しいため、不具合の可能性がある場合には、部品交換することが修理業者にとつては、通例であつた。そして、本件事故の態様からみて、デフレンシャルギア等に不具合が生じる可能性は低くはなかつた。そして、その不具合も、走行してすぐ出る場合、二、三ケ月して出る場合、更に後に出る場合と様々であり、一概に言えないものである。中山自動車が、被害車を転売したときまでは、デフレンシャルギア等の不具合が発生しなかつたものであるが、その後の発生の有無については、定かではない。

以上の事実が認められる。

そうすると、修理費として、加害者に賠償を求めることのできる損害は、被害者が自ら修理を依頼し、あるいは修理を依頼したと仮定した場合に要する費用であるから、本件事故後、原告がヤナセに修理費の見積りを依頼し、同社が必要と認める修理について、見積りをした額二二三万三七〇〇円をもつて修理費相当額と評価すべきである。

(2) 格落損 九〇万円

〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

ヤナセでは、本件事故後、被害車を引き取ることを検討したが、その際その価格は、四〇〇万円であつた。そして、前記のように修理費としては二二三万三七〇〇円という見積りであつたから、被害車の修理後の価格は、約六二〇万円程度であると想定していたものと思われる。そして、米山の見解では、被害車が事故にあわない場合に、購入してから二〇日後に引き取るとしたら、七五〇万円程度であるとしている。ヤナセが本件訴訟後に作成した書面では、事故にあつていない同車種の一ケ月経過後の販売価格(オプション込み)は、八三〇万円であり、そこから、加修費及び在庫回転タイムラグ二〇万円、取扱い利益六〇万円を差し引いた七五〇万円が引き取り価格であり、事故車が修理費二二〇万円のときは、引き取り価格は四〇〇万円であるとしている。そうすると、ヤナセの判断では、仕入れ価格における格落損に当たるものは、一三〇万円ということになる。

証人中山は、被害車を購入、修理した後、二、三ケ月して、事故車であることを知つている従前からの知り合いに、若干安く六七〇万円で売却した旨証言している。そうすると、その当時の被害車と同種の車両の価格は、後記の査定協会の査定方法によれば八〇〇万円を下回ることはないから、その差は、約一三〇万円である。

前記のような被害車の中山自動車における修理がなされた後の昭和五八年一二月八日、被告の保険会社AIU保険会社の依頼により財団法人日本自動車査定協会(以下「査定協会」という。)の担当者が被害車の格落損の査定をした。その査定方法は、査定時の当該車両の一般的な価格を定め、その価格と事故により商品価値が下落した車両との価格差を格落損(事故減価)とするものである。その結果によれば、査定日である同日現在の、中古車市場における被害車と同種の車両の価格は、八二二万円であり、被害車の格落損は六七万五〇〇〇円であるとされている。その具体的な査定方法は、査定時が新車から一年以内のものは、別紙計算式1のように計算し、その際、本件においては、被害車が人気車種のため、別紙計算式1にいうA点価格は、上限の九〇パーセントとし、更に、別紙計算式1にいうB点価格を六〇万円とした。そして、損傷箇所の痕跡がトランクフロアー、トランクフードにあつたため、みなし修理費を査定基準価格の三割とし、別紙計算式2のように、査定基準価格にみなし修理費を乗じ、それを開平し、定数六・六七で除し、格落損を算出した。その根拠となるのは、従前の価格傾向をコンピュータで処理し、それを数式化したものであるという。そして、修理の巧拙により、右算出した額の八割から二倍までの間で格落損を決定するところ、被害車については増減なく右の額をもつて、格落損として、算出したものとされている。

以上の事実が認められる。

右の格落損の差をどのように理解すべきであろうか、

まず、本件事故当時の被害車の価格を判断するに、ヤナセは、八三〇万円、査定協会の計算式によれば、購入日から約二〇日経過しているから一ケ月経過とみて、別紙計算式3のとおり八三二万円となり、両者はほぼ一致している(査定協会のものは、オプションを考慮していないが。ところで、原告の購入価格は、車両本体価格に限つていえば、被害車の事故当時の価格より低いことになるため、被告は、この点につき、値引きした額からいわゆる新車落ちを算定すべきであると主張するが、証人吉澤正孝の証言によれば、新車に近いものでも査定基準価格が新車価格より低いのは、新車には、必ず値引きがあること、新車と中古車のある程度の価格差を設けなければ、中古車が流通しないことによるものであると認められ、当初から、値引きは、織り込みずみであり、本件は、たまたま、値引き幅が、かなり大きかつた場合に過ぎず被告の主張は理由がない。)。そうすると、両者の差は、中古車の販売価格での差があることになる。

ヤナセの見解は、セールスマンの米山の見解と、ヤナセ中古車部の見解とがあるが、前者は、顧客のために格落損の見解を述べているだけで、根拠のあるものとは言い難く、後者は、単に一般論を述べたものであつて、本件にどのようにあてはめてよいか明確ではない。また、中山の販売価格は、通常の販売価格とは、言い難い。そうすると、査定協会の査定が妥当なものと解すべきなのであろうか。

前掲証人吉澤正孝の証言によれば、多数の資料を整理して、前記の方法を行つているということであり、これは、尊重すべきものであると思われるが、格落損(評価損)とは、損傷車両に対して充分な修理がなされた場合であつても、修理後の車両価格は、事故前の価格を下回ることをいうのであるが、a修理技術上の限界から、顕在的に、自動車の性能、外観等が、事故前より低下すること、b事故による衝撃のために、車体、各種部品等に負担がかかり、修理後間もなくは不具合がなくとも経年的に不具合の発生することが起こりやすくなること、c修理の後も隠れた損傷があるかも知れないとの懸念が残ること、d事故にあつたということで縁起が悪いということで嫌われる傾向にあること等の諸点により中古車市場の価格が事故にあつていない車両よりも減価することをいうものであると解せられるところ、同証人の証言によれば、査定協会の査定は、全く同じ車両があつたとして、事故にあつたものと、事故にあわないものとを同じ場所で販売した場合、事故のことを知らない顧客がどれだけの価格差で購入するかということの評価であり、また査定の方法は、査定の担当者が、三〇分から一時間くらい現車を見て行うものであると認められる。そうすると、査定協会の査定は、前記の諸点のうち、bからdまでの考慮が無視されるか、あるいは、過小評価されているものであると認められる。事故車は、事故の状況を説明してそれを顧客に理解させたうえで販売すべきものであり、査定協会の査定もまた、本件に限つていえば、直ちに採用することはできない(ただし、これよりも格落損が大きいということでは意味がある。)。

以上の諸点を検討するに、その格落損は、被害車が中古車市場において通常の取引形態で売却されていないのであるから、査定協会の査定に、前記bからdまでの要素を加味して判断するほかなく、その他本件訴訟にあらわれた諸般の事情を勘案すると、被害車の事故当時の格落損は、九〇万円を下回ることはないものと認められる。

そうすると、事故のため、被害車の資産価値がそれだけ減少するのであるから、その格落損分については、加害者は、被害者に賠償する責任があるのであるから、右金額を加害者である被告が賠償する責任がある。

(3) 弁護士費用 三二万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては右金額が相当である。

(4) 合計 三四五万三七〇〇円

四以上のとおり、原告の本訴請求は、被告に対し、三四五万三七〇〇円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和五八年一〇月二二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官宮川博史)

別紙計算式

A:新車価格の八三パーセント以内の価格(A点価格)

A点価格は、各車種、各クラス毎に定められ、中古車の市場における販売価格の実勢によつて決定され、市場実勢の良い車種は、新車価格の九〇パーセントを上限として適用される。

B:年初における一年もの最前記の査定基準価格、あるいは、当年ものの中古車が一二ケ月経過後に到達すると予測される価格(B点価格)

M:使用経過月数

P:求める当年もの査定基準価格

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